2012年04月23日

2012年04月22日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
音声訳やアナウンスやナレーションに感情がないわけではない。それぞれの読み方に、その分野に応じた感情が表現されているのである。だが、そのジャンルの枠内に入り込んでしまうと、下塗りとなった感情表現が聞こえなくなる。朗読の批評というのは、その感情までも聴きとって評価しなければならない。 at 04/22 23:29

WATANABE_tomo / 渡辺知明
歌は朗読にメロディーがついたものである。そんなコメントをいただいた。なるほど、正統な朗読ならばリズムは当然あるべきものだ。リズムがあるというのは、ことばに区切りがあって区切りごとに強アクセントがつくことだ。『朗読の教科書』では2音3音の区切りによってリズムを刻む読み方を書いた。 at 04/22 19:43

WATANABE_tomo / 渡辺知明
今の日本では逆イントネーション、『朗読の教科書』の言い方で「逆くさび形」のイントネーションが蔓延している。若者の歌でもメロディーの喪失と言える平坦なものが多い。だが、意外な曲に正統のくさび形の歌を発見した。「ラジオ体操の歌」である。その掛け声と共に貴重なくさび形音声の文化である。 at 04/22 19:37

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』が3月に刊行されました。朗読入門から文学作品の表現に至る筋道を実践的に学べる本です。理論の基礎はコラムとして30編程とりあげています。まずは読んでみて下さい。344ページのうち60ページを立ち読みできるよう公開してます。http://t.co/bSvinC4p at 04/22 10:14

WATANABE_tomo / 渡辺知明
今後も探求されるべき朗読理論の分野がある。強アクセントとイントネーションとプロミネンスとの関係性、文のリズム論、文の流れにおけるアクセントの変化、作品のスタイル論ないし文体論、「語り口」としての文体の音声化の理論などである。以上の実践を支えるために発声の身体原理が根本問題になる。 at 04/22 10:06

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の基本的なリズムのつかみ方=まず、文を見て文節の一と区切りを暗記する。それから、目を閉じて今覚えた文節を2音か3音ずつに区切って声に出す。そのとき、2音なら前か後ろ、3音ならいずれか一ヵ所に強い音の力点を置くとリズムが生まれる。「つめたいあめが」なら「つメ/たイ/アめが」だ。 at 04/22 00:09
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2012年04月22日

2012年04月21日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読には絵画に似た面がある。同じモデルを見ても、そこからゴッホのような絵やセザンヌのような絵が生まれる。写真に撮れば似たものになるだろう。朗読では、印刷された活字がモデルである。そして、読み手の声の表現が描かれた絵になるわけだ。ただし声の表現の違いの区別は絵を見るよりむずかしい。 at 04/21 23:44

WATANABE_tomo / 渡辺知明
映像になじんだ若い人たちも朗読を耳にしたときにはかなり驚きを感じるようだ。おそらく、ことばの意味は文字ばかりでなく音声からでも伝わること、音声のことばがイメージを生み出すということの発見による。だが、どんな声が明確なイメージを生み出すかという発見をするにはさらに聴く訓練が必要だ。 at 04/21 22:58

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』を贈呈する前から、渡部陽一さんは日本語のことばのリズムを身につけていた。独特の語り方の特徴は、2音3音の区切りごとに体を沈めるところにある。細かく区切ることによって、ことばの伝達力を生かし、沈み込みの姿勢によって、自らの思いを表現することができるようになる。 at 04/21 22:22

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読にはさまざまな種類がある。音訳風朗読、アナウンス風朗読、舞台風朗読、声優風朗読などは、読み方を基準にした分類である。それに対して、作品を軸にしたときには別の分類が生じる。独りごと風、告白風、落語風、講談風、演技風などである。その基準は作品の原文をどう生かすかということにある。 at 04/21 22:14

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の評価は書道に似ている。楷書、行書、草書の三段階のようなものだ。いきなり草書を見せられても、はたしてその文字がいい文字なのかわからない。だが、草書の書き手が、行書でも楷書でも、自由に書き分ける技術があって、しかもそこから書き方を選んでいるということが、書き手の実力なのである。 at 04/21 12:25

WATANABE_tomo / 渡辺知明
初歩の朗読から脱出するコツは、文字を読まないということである。一瞬、見た文字から視線を外して、音のつながりとして、2音3音で区切りながら声にして行くのである。そのとき、呼ぶことばと応えることばとの応答関係を作っていく。ことばが声と声とで反応していれば語ることばに意味が生じるのだ。 at 04/21 12:04

WATANABE_tomo / 渡辺知明
児童文学という名称には割引された文学という印象があるせいか、児童文学の読み聞かせにおいては、おとなが聴くには気恥ずかしい表現が多い。だが朗読では、おとなから子どもまであらゆる年齢層を通じて聴き応えある表現が目標である。聴き手が子どもであるならなおさら本格的な朗読表現が求められる。 at 04/21 11:03
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2012年04月21日

2012年04月20日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
「朗読少女」もだんだんむずかしい作品を朗読するようになってきた。そうなると、勉強が必要になってくる。わたしが贈呈した『朗読の教科書』を読んでほしい。特に作品ごとにちがう「語り口」をどう表現したらいいか考えてほしい。朗読の表現の最終目標は「語り口」の表現にあるといってもいいだろう。 at 04/20 22:15
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2012年04月20日

2012年04月19日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
中島哲也監督『下妻物語』を見て感動した。映画というジャンルの本質的な要素――まさに映像の表現になっている。だが、一般には映画が映像として評価の対象になっていない。朗読ではどうか。朗読の本質的な要素は音声としての声の表現である。しかも、声が文学作品の表現でもあるという点にあるのだ。 at 04/19 15:05

WATANABE_tomo / 渡辺知明
『朗読の教科書』から意外な発見がある。日本語は膠着語だという考えは語られたことばについてのものだ。語ることばにおいては、助詞を含んだ2音3音の区切りで意味が組み立てられ、次つぎにことばを呼び出してくることがわかる。ほかに接続語が元は接続助詞として文中に含まれていたという例もある。 at 04/19 09:01
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2012年04月19日

2012年04月18日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
わたしはネット上の書き込みはほとんど音声認識ソフトAmivoiceSPで行なっている。『朗読の教科書』に書いた2音3音の区切りによる発音の技術は音声認識でも有効である。ことばを正確に意識しながら発音することが朗読の訓練にもなっているのだ。http://t.co/59R7qMEd at 04/18 22:52

WATANABE_tomo / 渡辺知明
インターネットではいろいろな人たちの朗読が聴ける。この人と一緒に読んでみたいという人がいる。ジャズのセッションのようなことが朗読でもできたらおもしろい。ドラマ・リーディングで、それぞれの役を分担して、その場で読み合わせて作品に仕上げる。そんなイベントもやれたら楽しいと思っている。 at 04/18 22:36

WATANABE_tomo / 渡辺知明
子どもたちの朗読がすばらしいのは、初めてそのことばと出会うような新鮮な意味を生み出しているからだろう。おとなたちは文章を目でよんですぐにわかったつもりになる。そうしてことばそのものから生まれる意味でないものを付け加えて声に出してしまうのである。ことばによって創造されたものがない。 at 04/18 11:56

WATANABE_tomo / 渡辺知明
文字で書かれた作品は「語られたことば」である。朗読の課題はそれを「語ることば」として意味を創造することである。2音3音の音声区切りでバラバラにしたものをブロックと考えて新たに組み立て直すのである。そこに身体リズムと文法の導きがある。助詞が呼びかけ、次のことばを導きだすのである。 at 04/18 11:16

WATANABE_tomo / 渡辺知明
この数10年、朗読ブームらしきものが何度も繰り返された。だがいつも尻つぼみで文化としては定着しない。朗読が文学作品を深く理解するための行為だということが中心に据えられないからだろう。音声言語の価値評価は低いから見かけに流れる。拙著『朗読の教科書』では音声文化としての朗読も論じた。 at 04/18 08:39

WATANABE_tomo / 渡辺知明
衣装や音楽なしでできるのが朗読のよさだが、「あなたは朗読は上手でないのですから、せめて綺麗な衣装をお客さんに見せてあげなさい」という朗読指導者がいた。また、「私の朗読では正直言って集中して聴いてもらえないので音楽をつけてお客さんに喜んでもらうのです」としみじみいう朗読者もいる。 at 04/18 08:26

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読で表現するべきものが作品だという本質を捉え損なうと、朗読の理論も実践もどんどん中心から外れていくことになる。作品の表現媒体は言語である。それも音声言語であり、語られる生きた言語なのである。拙著『朗読の教科書』の基礎にはメルロ=ポンティの哲学があるというと驚かれるかもしれない。 at 04/18 08:20

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読で高額な入場料をとって利益を得るためのいくつかの方法―(1)読み手を俳優や声優や意外なジャンルの有名人にする。(2)生演奏の楽器で音楽をつける。(3)高級な会場と舞台装置を見せる。(4)小さい声でもマイクで響きをよくする。(5)読み手の衣装は作品の内容に合わせて派手にする。 at 04/18 08:16

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読を表現に進化させるには3つの転換が必要だ。(1)腹式呼吸→腹式発声によるカラダの沈み込み、(2)一と色の声の統一→安定した地声と強く裏返る声の二極化、(3)高低アクセント→ワンポイントアクセントによるイントネーションとプロミネンス。この3点は、拙著『朗読の教科書』で展開した。 at 04/18 08:08

WATANABE_tomo / 渡辺知明
中学学力テスト・国語Bに朗読の問題が出た。新美南吉「二ひきの蛙」の読み方の指示が演出的だ。「からかうように」「高く大きな声で」「呼びかけるように」「挑発するように」などである。朗読が文から理解を引き出す行為として捉えられていないのがよくわかる。これを教育したら演技的な実践になる。 at 04/18 07:58
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2012年04月17日

2012年04月16日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
文章の読点は音声の言語によって表現できるはずだ。文字言語で表現できないことでも、音声では可能だ。たとえば「私は父と母のプレゼントを買いに行った」は、プロミネンスによって読み分けられる。つまり、「母」につけるか、「父と母」につけるかの違いなのである。読点も間もは現象的なものである。 at 04/16 21:05

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読というと演劇より一格下のように思われている。だが、真剣に朗読に挑んだ俳優はすべて朗読は演技よりもむずかしいと言う。なぜなら、朗読には俳優に必要な以上の様ざまな要素が含まれているからだ。企画、制作、演出、演技、舞台監督などのうち特に重要なのが文芸批評家としての読者の要素である。 at 04/16 11:13

WATANABE_tomo / 渡辺知明
音読のなかで音声訳はいわば職人芸である。決まった技術で文章を音声化してゆくが、朗読はそこにとどまらない。作品ごとにちがった語り口になる。語り口の読み分けが朗読の表現なのである。どんな作品を読んでも同じ調子であればそれは表現とは言えない。『朗読の教科書』では語り口は10通りになる。 at 04/16 10:57

WATANABE_tomo / 渡辺知明
10年以上朗読の実践をして来て自分の実力に疑問が感じられる人は、一度朗読とは何かという根本を考え直す必要がある。そもそも前提にしている朗読の理論に問題がある。姿勢、発声法、アクセント、イントネーション、プロミネンス、そして文学作品の捉え方など、『朗読の教科書』はそこを問題にした。 at 04/16 10:42

WATANABE_tomo / 渡辺知明
芸術家にとって理論は混迷の渦中にあるとき飛躍へのステップの役割をはたしてくれる。太宰治は理論家であっが、小説の仕事の中には理論をまったく持ち込まなかった。若き太宰治を混迷から救い出したのは、「道化の華」改作の契機となったドストエフスキイの文学構造を指摘したジイドの文学理論だった。 at 04/16 10:30

WATANABE_tomo / 渡辺知明
アナウンサーや俳優にもウラ声の人がいる。自分の声がウラ声だと自覚できれば、どのように自分の発声を矯正するかという方法は見えてくる。地声の発声とウラ声の発声を意識的に実行することが発声練習には必要だ。『朗読の教科書』では、イヌのウラ声、カラスのウラ声、ヒツジの地声の発声練習がある。 at 04/16 10:16

WATANABE_tomo / 渡辺知明
文学における芸術作品と読み物との違いは、文体のヴァリエーションにある。つまり、表現するべき作品の内容に応じて文体の変化があるかどうかである。朗読においても、作品ごとに「語り口」の変化を表現できるかどうかが問題になる。『朗読の教科書』では「10通りの語り口」について解説をしている。 at 04/16 09:37
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2012年04月16日

2012年04月15日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
@shinshin_doさま、 『朗読の教科書』の紹介ありがとうございます。何か、販売を兼ねた朗読のイベントの企画などはいかがでしょうか。わたしは群馬県桐生市の出身です。栃木県にも親しみを感じます。店頭販売イベントの朗読というのは以前にやりましたが、なかなかおもしろいものです。 at 04/15 22:17

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読は作品批評の方法にもなる。ただし、読み手が一定の朗読能力があるというのが前提である。実際に読みにくい作品はダメ、心地よいのはいい文章であり、いい作品である。読みの能力とは読み手のセンスをいうのである。そんな能力を磨くためにも拙著『朗読の教科書』から学んでほしいと考えている。 at 04/15 21:17

WATANABE_tomo / 渡辺知明
音声言語の教育方法について書かれた本というものはほとんどない。朗読は最も簡単な音声教育の方法であるが、表現内容との関わりでは考えの対立がある。一般には理解した内容を声に表現すると考えられている。しかし、『朗読の教科書』の考えは朗読することによって理解するという考え方なのである。 at 04/15 18:19

WATANABE_tomo / 渡辺知明
『朗読の教科書』の発売から1か月過ぎた。最初は「でじじ」の直販のみだったが今はネット通販でAmazonでも紀伊国屋でも買える。近くの書店に注文して取り寄せることもできる。もし私が朗読に関心を持って学ぼうとしたら入手するだろう。何しろ朗読の実践的な入門書といったら類書がないからだ。 at 04/15 11:47

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の理論について書かれた書として、朗読漫画『花もて語れ』の助言者・東百道『朗読の理論』(2008)がある。硬い理論の書である。拙著『朗読の教科書』(2012)、『表現よみとは何か』(1995)と3冊を比較して読んでみると、朗読理論へのアプローチのさまざまな角度がわかるだろう。 at 04/15 09:30

WATANABE_tomo / 渡辺知明
2012年4月13日は石川啄木没後100年の日だった。1999年夏に父親の終焉の地・高知で講演とよみの会を開催したことがある。小説「雲は天才である」のよみも行った。『朗読の教科書』には、このときの講演「文学作品の朗読法」の内容が生きている。http://t.co/KHBMuFRp at 04/15 09:08

WATANABE_tomo / 渡辺知明
本を読むとはどういうことか。知覚のレベルまで掘り下げたらメルロ=ポンティのような問題まで考えねばならない。人は文をどこまで厳密に読んでいるのか。私は学生時代に「本を正確に読みたい」という知人を馬鹿にした。だが最近、私は文の読み方の本を書いた。それが『朗読の教科書』なのである。 at 04/15 08:45
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2012年04月15日

2012年04月14日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
Twitter ヘルプセンター | Twitter for iOS でログインができない https://t.co/kMVybuqb @twedasukeさんから at 04/14 20:50


WATANABE_tomo / 渡辺知明
本を読むということはどういうことか。知覚のレベルまで掘り下げたらロ=ポンティのような問題まで考えねばならない。人は文をどこまで厳密に読んでいるのか。私は学生時代に「本を正確に読みたい」という知人を馬鹿にした。だが最近、私は文の読み方の本を書いた。それが『朗読の教科書』なのである。 at 04/14 00:22

WATANABE_tomo / 渡辺知明
文字が読めるなら朗読ができると思われている。だが、それは音読である。文字のつながりは文になる。文が意味を持つには語句の強調点がある。それを基礎にして文学作品の感情や心情が生まれる。そんな読みの原理について書かれた本が『朗読の教科書』である。しかも80年ぶりの総合的な本なのである。 at 04/14 00:07
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2012年04月13日

2012年04月12日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
本日、かわさきエフエムの川村モカさんの番組に出演。『朗読の教科書』の宣伝と夏目漱石「吾輩は猫である」をよんだ。ホームページの14時30分は間違いで実際は14時であった。聴けなかった人には申し訳ないので「猫」の聴けるサイトのリンクを紹介する。http://t.co/I2mhWyxt at 04/12 22:12

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』には声の基本として、4つのものをあげた。(1)息、(2)のど、(3)舌、(4)口である。そして、第5の要素として、(5)空気を追加している。朗読というとマイクを使った行為と考えるならば、「空気」は出てこないだろう。だが、聴き手の耳には会場の空気は重要な要素だ。 at 04/12 11:30

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』には「記号づけ」の課題がある。その方法についての問い合わせがあった。以前に「ごんぎつね」を例にした講演の動画がYouTubeにアップしてあるので参考にしてほしい。前半は、http://t.co/niXnya4B、後半は、http://t.co/FcCRGUrM at 04/12 07:51
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2012年04月11日

2012年04月10日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』について第6章と第7章との間に飛躍があるのではないかというご意見をいただいた。確かにその通りだ。15年前にわたしは『表現よみとは何か』の中で文学作品の表現の本質について論じている。できればこの2冊を合わせて読んでほしい。http://t.co/Ip4M3NlF at 04/10 11:20
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2012年04月10日

2012年04月09日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の行き着くところは表現である。朗読とはひと味ちがう文学作品の表現として「表現よみ」を提唱してきた。実例は「表現よみ図書館」としてまとめてある。実際のよみから、さまざまな文学作品の「語り口」のちがいというものを分かって頂ければありがたい。http://t.co/I2mhWyxt at 04/09 12:05

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の1つの課題としてアーティキュレーションがある。歯切れよく読むということだ。そこで1音1音すべての音を正確に読む訓練をしようとする。それは意味のないことだ。実際の発音は2音3音に区切られる。しかも区切りごとの音に強弱の差がある。生かす音と捨てる音との差が歯切れを生み出すのだ。 at 04/09 09:42
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2012年04月08日

2012年04月07日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』は日本朗読検定協会の認定教科書です。今後の検定問題はこの本を基礎にして作られます。すでに級をお持ちで、上の級を目指す方は必携の図書です。また、これから朗読を始めようという人の入門書として、現代日本で唯一の総合的な本です。http://t.co/PwebKTWc at 04/07 10:11
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2012年04月06日

2012年04月05日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
金田一春彦『日本語音韻の研究』31頁に日本語のリズム論の参考になるコトバがある。「ベルギー出身のW.A.グロータス神父さんは、フランス語、オランダ語、ドイツ語、英語、スペイン語、中国語、日本語を話される方ですが、かつて日本語を批評して機関銃のような響きを持つ言語だと言われました」 at 04/05 08:06

WATANABE_tomo / 渡辺知明
私は朗読と音楽との共演には原則として批判的である(『朗読の教科書』309頁)。だが、メロディーのないリズム楽器とならばコラボレーションはおもしろいと感じた。合うのは散文ではなく詩である。ただし即興で詩の「語り口」を生かす読みの技術が必要だ。http://t.co/kelbNRL0 at 04/05 07:07
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2012年04月05日

2012年04月04日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読をするために基本的なアクセントの確認は必要である。アクセント辞典で単語を調べて読むべき文章の中にはめ込むわけであるが、すべての音を埋めるわけにはいかない。アクセントは文の流れの中で決定される。アクセントの理論も朗読という実践のためのものとして研究されなければならないだろう。 at 04/04 17:23

WATANABE_tomo / 渡辺知明
現行の朗読が朗読であるならば、わたしは朗読についての教科書を書くことはなかっただろう。『朗読の教科書』には、朗読についての概念の転換がある。これは、朗読がまさに声による文学作品の表現だということである。初歩の音読から表現よみに至る過程をワークブックとして学べるところに特徴がある。 at 04/04 11:45

WATANABE_tomo / 渡辺知明
クラシックギターの教則本にカルカッシとタルレガと2種類ある。カルカッシは練習曲を積み上げることで上達を目指す。タルレガは技術的な訓練を曲の表現から切り離して訓練させる。拙著『朗読の教科書』はタルレガ方式で朗読上達を目指すものだ。いざというとき必要な技術を基礎から準備するものだ。 at 04/04 11:31

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』に書かれている読み方はいわば徹底したスロー・リーディングの方法だともいえる。第1に声に出すこと自体が読みを遅くする。第2に記号づけをすることによって遅くなる。第3に文分析をすることによって遅くなる。しかし、そこから得られるのは速読のときに要点を確実に掴む力だ。 at 04/04 11:26

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』を持っている有名人は渡部陽一さん、送付した有名人は「朗読少女」と「朗読執事」だ。何かについて勉強するときには入門書が必要だ。『朗読の教科書』はいわば現代における朗読入門書である。発声・発音、アクセント、イントネーション、プロミネンス、作品の表現法までわかる。 at 04/04 09:17
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2012年04月02日

2012年04月01日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の評価において、作品と読み手とが対等に評価されるようになればこのジャンルも自立したものになるだろう。ところが、今ではまだ、いずれか一つの観点のみである。読み手が俳優ならば作品は問われない。また、作品が名作ならば読み手が問われない。評価の理想は「誰が読む何という作品か」なのだ。 at 04/01 12:02

WATANABE_tomo / 渡辺知明
日本朗読検定協会のメールマガジンがあるのをご存知でしょうかか。今後の朗読検定の方向や朗読コンテントなどのイベントについてお知らせします。また、朗読についての質問コーナーもあって、わたしが回答者です。無料ですから、今すぐに登録されませんか。
http://t.co/hbxUeUeY
 at 04/01 09:14

WATANABE_tomo / 渡辺知明
3月31日(土)渡部陽一朗読コンサートで、拙著『朗読の教科書』を渡部さんに贈呈しました。これから朗読をさらに勉強してみたいと仰っていました。今、日本で朗読を勉強するとしたら、この本しかないのですとお話ししておきました。皆さんもいかがですか。http://t.co/PwebKTWc at 04/01 08:36
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2012年03月31日

2012年03月30日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
短歌集や俳句集という本があるならば、ツイッター集という本もおもしろいかもしれない。わたしは意識的に140字ピッタリで文章を書いてきた。テーマは朗読を中心に文章、話し方などであるが、分野別にまとめたら体系的な著作になりそうだ。ほかにもわたしのような試みをするひとを発見しての感想だ。 at 03/30 08:58

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2012年03月30日

2012年03月29日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の理論と原理とを深く探って行くと、声に関わるジャンルのすべてに貢献する実践方法が見えてくる。アナウンス、ナレーション、スピーチ、話し方、歌唱、ラップ、演劇、落語、講談、謡、狂言など。そこに共通するものとは日本語の基礎となる音韻論の原理である。そこを基礎に文法の再検討も必要だ。 at 03/29 20:39

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の発声法が一般には知られていないので、ヴォイストレーニングを代用にしているようである。声楽の発声もポピュラーの発声も朗読に使うことはできない。朗読のための発声としては、リズミカルな素早い息継ぎが必要なのである。拙著『朗読の教科書』ではまさにリズミカルな発声訓練を紹介している。 at 03/29 20:28

WATANABE_tomo / 渡辺知明
声優の陥りがちな欠点がある。あらかじめ観念的にキャラクターを設定することだ。人物の口調や心情が固定されて、どんな局面においても変化しない。それが独特の職人的な性格表現として固まる。朗読では文体の変化に応じて心情が揺れ動くのが理想だ。とくに純文学では「語り手」の心情が揺れるのだ。 at 03/29 14:36

WATANABE_tomo / 渡辺知明
わたしのブレヒトの表現よみの舞台について演劇ジャンルの方から批評をいただいた。朗読と表現よみのちがいを捉えてくださったのがありがたかった。演劇でも基本的なアクションとしての台詞の表現は重要だ。『朗読の教科書』では「ごん狐」の対話を分析した。http://t.co/ZGPrkC9D at 03/29 12:28

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読は、あらゆる音声表現のジャンルのプラットホームになる。最近、演劇の人たちからも注目を浴びている。わたしもかつて舞台でブレヒトの作品を表現よみしたことがある。演劇においても基礎としての朗読の技術は不可欠だ。拙著『朗読の教科書』参照のこと。http://t.co/8HStaFwn at 03/29 12:24

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の聞き手は二重である。作中の聞き手はだれなのか。語り手と聞き手との関係の表現が基本になる。さらに朗読の場においては現実の聞き手がいる。読み手は聞き手を意識する。だが、声の調整をするためには、読み手自らが聞き手とならなければならない。聞き手としての意識を失った読みは聞き苦しい。 at 03/29 11:03

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読は、いつでも子どもに読み聞かせるように柔らかく読むとは限らない。文学作品をその文体に合わせて表現するのならば、作品にふさわしい「語り口」になる。たとえば、「蜘蛛の糸」などは、信仰心の薄い衆生に対する説教口調になるはずだ。それなのに柔らかく読んだら作品の表現にはならないだろう。 at 03/29 10:57

WATANABE_tomo / 渡辺知明
演技の基礎には台本つまり台詞の読み込みがある。宇野重吉は俳優に「台詞をよく読め」と言った。三好十郎は「よく噛んでものを食え」と言った。台詞は言葉で書かれ、言葉は文としての意味を持つ。その分析から台詞の意味が生まれる。『朗読の教科書』の分析法は演技としての台詞の基礎を固めるものだ。 at 03/29 10:37

WATANABE_tomo / 渡辺知明
「朗読少女」と「朗読執事」のお二人からは受け取ったというご返事はありませんが、拙著『朗読の教科書』を3月19日に送りました。発声・発音から文学作品の表現法まで書かれてますから参考になるでしょう。特に「語り口」の考えを学んでほしいと思います。http://t.co/VxBXYFtj at 03/29 10:30

WATANABE_tomo / 渡辺知明
今、日本では朗読の能力について評価できる可能性をもつ団体は日本朗読検定協会しかない。第3回青空文庫朗読の輪コンテストで、はじめて準1級候補者が誕生した。2級との実力とのちがいがどこにあるのか、今後しだいに明らかになるだろう。同時に朗読という表現の進むべき方向も明確になるだろう。 at 03/29 09:45

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読ではナマの声を鍛えることが基本だ。マイクを使うのは特殊な場合だ。その場に応じた発声と発音をするには、ナマの声をコントロールできる能力を身につけることだ。声の4要素―(1)息、(2)のど、(3)舌、(4)口、に加えて(5)空気をどう動かすか。全身による環境との向き合いが重要だ。 at 03/29 09:38

WATANABE_tomo / 渡辺知明
3月26日(月)盛岡の「もりおか啄木・賢治青春館」を見物した。明治時代の銀行の建物を保存して記念館としたものだ。1階のホールの響きのよさに感心した。ナマの声で朗読をするには最適の響きである。喫茶店にもなっているので、そこを観客席にしたら朗読ホールだ。定期的な開催をおすすめしたい。 at 03/29 09:29

WATANABE_tomo / 渡辺知明
自信を持って言える。この80年間、日本に朗読の総合的な本はなかった。拙著『朗読の教科書』は、ハンドブックであり、マニュアルであり、理論書であり、ワークブックである。また、朗読に関する用語を再検討した辞典の意味もある。朗読ファン必携の書だ。http://t.co/PwebKTWc at 03/29 08:59
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2012年03月28日

2012年03月27日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
「声でよむ名作本」シリーズは文学作品の解説と朗読を組み合わせたほどキャスティングの番組である。もう、5、6年前に始めたものであったが、まだ時期が早すぎたのかもしれない。今聴いても古い感じはしない。次のサイトで31本の録音を聴くことができる。http://t.co/pnmN4Jku at 03/27 12:46

WATANABE_tomo / 渡辺知明
第3回青空文庫朗読の輪コンテストで再確認したことがある。言葉との初々しい出会いが大切だということである。子どもたちの朗読が感動を生むのは、言葉との対決の真剣さにある。まるで初めてことばに出会うような全身的な発声で読まれるからである。それはもう読みではなく、言葉による表現である。 at 03/27 11:38

WATANABE_tomo / 渡辺知明
私が盛岡市で審査員長を務めた第3回青空文庫朗読の輪コンテストの結果が発表された。準1級レベルの朗読ではどんな表現力が必要か。それぞれの受賞者は、表現としての朗読のできる実力が評価された。朗読の表現性については『朗読の教科書』に書いてある。http://t.co/8UyB4soY at 03/27 11:07

WATANABE_tomo / 渡辺知明
アントニオ・タブッキ「供述によるとペレイラは」を声にしたくなったのは小説の構造のおもしろさがあるからだ。読み方は音声訳でもない。戯曲でもない。朗読は小説を表現するものだ。カギは「語り口」だ。拙著『朗読の教科書』では10の語り口をとりあげた。http://t.co/PwebKTWc at 03/27 08:24

WATANABE_tomo / 渡辺知明
「声でよむ名作本」のシリーズは朗読による本の紹介だ。アントニオ・タブッキ「供述によるとペレイラは」も白水社の本を紹介するもので著作権について、フェアーユースと引用の考えで読んでいる。拙著『朗読の教科書』に書いた「語り口」の表現の実践である。http://t.co/FCOAnh4R at 03/27 08:05

WATANABE_tomo / 渡辺知明
昨日、イタリアの作家であるアントニオ・タブッキがなくなった。68歳だそうだ。この人の「供述によるとペレイラは」を読んだとき「声でよむ名作本」というシリーズを考えた。そうして、これまで31作品をアップした。その第1回を再アップすることにした。http://t.co/FCOAnh4R at 03/27 00:24
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2012年03月27日

2012年03月26日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
哲学の読書会に朗読の教科書を
読書会にもいろんな方法がある。『朗読の教科書』に書かれた方法を使うと深い理解ができる。なぜなら、一文一文を丁寧。読む読み方が具体的に書かれているからだ。とくに一文の構造と思想のかたちについて、考えながら読めるようになる。声を出せばなおさらである。
 at 03/26 07:35
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2012年03月25日

2012年03月24日に渡辺知明が語る

WATANABE_tomo / 渡辺知明
http://t.co/VxBXYFtj - 「朗読少女」と「朗読執事」に3月19日発送した『朗読の教科書』はそろそろ到着した頃だろう。「でじじ」とAmazonでの販売から1週間が過ぎた。パラパラめくってみると教科書らしい体裁でいて、読んでみると内容が濃いという理想の仕上がりだ。 at 03/24 09:52

WATANABE_tomo / 渡辺知明
3月24日(土)午後2時から4時まで日本コトバの会で拙著『朗読の教科書』を講義する。会員外の参加も自由。質問を持参で参加してくださるとありがたい。質疑応答の形でAmivoiceの音声認識過程をプロジェクターで表示しながらお話するつもりだ。http://t.co/EiBx2LHC at 03/24 09:12

WATANABE_tomo / 渡辺知明
朗読の表現においてもっとも重要な概念は「アクセント」である。もちろん、単に単語の高低アクセントではない。広い意味でのアクセントの概念だ。文のオトのながれの中でのアクセントがイントネーションもプロミネンスも決定するのだ。その手がかりとして日本語の2音3音のリズムによる区切りがある。 at 03/24 08:58

WATANABE_tomo / 渡辺知明
拙著『朗読の教科書』は80年ぶりの総合的・体系的な朗読の指導書だ。朗読だけでなく日本語の読みとは何か解明した。買い方は2つ。(1)「でじじ」で(即日発送)。http://t.co/PwebKTWcまたは(2)Amazonで(1週間待ち)。http://t.co/Ow32R3Gt at 03/24 08:34
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