2007年08月25日

音声表現の哲学としての表現よみ理論

 「表現よみと朗読の関係はどういうものですか?」としばしば尋ねられる。これまでは、「音声表現の一種で朗読の仲間です」と答えていた。しかし、最近、もっと広く音声表現の哲学とでもいうような位置にあると思うようになった。図にすれば次のようなものになる。(表現よみ01は総合ジャンル、表現よみ02は実践ジャンル、に区別される)

                 (1)朗読―音読・朗読・表現よみ02……
  音声表現の総合理論―(2)語り―落語・講談・「語り」……
  (=表現よみ01)    (3)演技―演劇・新劇・芝居……
                 (4)生活―対話・スピーチ・講演……

 なんと大それたことを言うのかと思われるかも知れない。しかし、わたしの知る限り、日本には音声表現を総合するような理論はない。それどころか、音声表現の代表である朗読でも、文字を音(オン)にする理論はあっても、文や作品を音声化するための理論はほとんどない。それがあれば、朗読も音声化の技術ではなく、表現になれるのである。

 今、表現よみでは、文学作品をテキストとして研究と実践をしているが、この成果は朗読の表現に限られない。「語り」や演劇などの基礎的な訓練として必要不可欠なものなのである。その基盤となる音声言語は日常生活にある。そこにおける様ざまな言語表現が基礎となって(1)から(3)までの芸術ジャンルが磨き上げられるのである。

 音声言語の表現を考えるとき、総合的な視野が必要である。日常の音声言語のさまざまな言語ジャンルを総合的にとらえて、どんな言語ジャンルがどんな芸術ジャンルに生かされるのかという総合的な視野である。わたしの知る限り、このような視野を持った研究と実践は、表現よみ理論において可能なのだ。他の実践ジャンルは、すでに特定化され、限定化された言語ジャンルとなっている。その視野はせまい。そこからでは、音声言語のジャンルの広がりを見通すことはできないのだ。

 今のところ表現よみの実践はテキストをよむことを基本としているが、その発展として「語り」や「演技」への道が開かれることはまちがいない。そして、一般の人たちにとっては、何よりも(4)日常生活における言語能力の向上という有意義な効果があるのだ。【参考】『Web表現よみ入門』
posted by 渡辺知明 at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 音声表現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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