2007年05月20日

文章推敲力を育てる添削入門講座(25)大学編

◎ある大学で文章添削の実践者のための講義をしました。あらためて驚いたことは、文章の書き方の本は数多くあっても、添削や推敲について書かれた本がほとんどないということです。そこで、わたしはあらためて、文章力の養成を、添削と推敲の角度から考えることになりました。2日間で通算7時間の講義の記録に手を入れて少しずつ公開します。(2006.2.21、2006.3.7。第1−12回は旧サイトにあります)

【連載】第25回
●ダブリを削る
 いよいよ添削の具体的な内容に入ります。これまでのところは、いわば添削のための予備的な知識の確認でした。
 では、講義レジュメをご覧ください。「3 添削の原則と手順」です。順に説明しましょう。
(一)削る・加える・取り換える
 この項は、(1)削ると(2)加えるに別れます。簡単に言うと、添削とは、削るか、加えるか、取り換えるか、この三つの作業です。
(一)削る
 削る部分は、文のダブリ、単語のダブリです。繰り返しや強調をしたりすることがあります。それは表現なのか、クセなのか、問題になります。注意するべきは、文や単語のダブリが、文章表現の効果を上げているのかいないのかということです。一般的には、「近いところで同じことばを繰り返すのはよくない」ということです。しかし、これも場合によります。それぞれの文章の効果として考えなければなりません。一律に当てはめられません。
 よくあるのは次のような場合です。ある段落で最初に主語が書かれます。例えば、「私は……」という文があります。それからあとは、主語に対応する述部が続きます。「どうした。どうした。どうした」という具合です。これにいちいち主語を入れる必要はありません。一度登場した主語は、交替しない限り省略が可能です。いちいち書いたらうるさくなります。途中で主語が、たとえば「母は……」と変わった場合には、書かねばなりません。入れ替わるまでの主語「私は」は省略されます。これをいちいち入れるならば削ってかまいません。

●漱石「こころ」の「私」
 ところが、文学作品の場合は微妙です。夏目漱石の作品「こころ」には、うるさいほど「私は」が登場します。「わたくし」と読ませているのでなおさら耳につきます。「私は……私は……私は……」という具合にやたらと出てきます。一般的な添削の原則から言えば、その多くを削りとることが可能です。
こころ
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 ところが、「私は……」を繰り返すことによる文学的な効果があります。個人主義と自己主張のテーマが「私は……」の繰り返しから感じられるのです。これは声に出して読んでみるとよくわかります。文字づらを読んでいる限りでは「私は……」が多いんだと頭では分かるのですが、声に出してみると「私は……」と繰り返すことによって、主体である「語り手」の意識が強調されるのです。上と中の青年も、下の遺書の中の先生も、同じように「私」を繰り返します。
 作品の冒頭からそうです。「私はその人を常に先生と呼んでいた。だから、ここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。」。その後でも、もっと続きます。「私は……」、「私は……」、「私は……」と、延々と書かれるのです。最初は気になりますが、読んでいるうちに、「私は……」が、音楽で言うテーマの繰り返しとして心に響くのです。それも漱石が作品の効果として狙ったのかもしれません。
 「こころ」で繰り返される「私は」の語句には、添削で削れるものはずいぶんあります。しかし、もし削ったとしたら、何度も繰り返して「私は」とよむときに感じられる作品の魅力がずいぶん失われるでしょう。
 このような文学作品の文章は例外として、とにかく添削では削ることが原則です。前にお話しした「エネルギー節約の原理」です。例えば、皆さんが書かれた文章の中でも、わたしが削った部分がずいぶん見られます。Bさんの文章では終りの二行を削っています。「しかし」とありますが、この接続語が意味を持たないので削りました。
 「しかし」はクセモノというのが、わたしの教訓です。逆に言うなら、文章の中で正確に「しかし」が使えるようになればしめたものです。むずかしいものです。Bさんは、「その葛藤によって自分というものが、自分がしているよりもはるかに深く……」と書いていますが、この部分は不要です。その代わりに、「しかし」を使って、「しかし、自分には不可解で認めたくない要素がたくさんある。」と言い切ればすっきりします。(つづく)
ラベル:推敲 文章 添削 作文
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