これまでは、文学作品をよむためには、よみ手に音韻のイメージがないとよめないと考えてきた。音読の読者にとっても同じである。いわゆる「若者の読書離れ」というものの一つの要因として、本から文章の音韻のイメージが浮かばないことがあると考えている。
とくに、明治大正時代の時代の声のイメージがないことで、近代文学が読めなくなってしまい、作品が文字のデータになってしまうのではないかと指摘してきた。わたし自身が、文語体の文学作品についても、どうやらよみこなせる見通しがついてきた。そうなるとつい欲が出て、日本文学の古典に目が向いたのである。
古典文学はすでに音声表現としては滅びている。現代人が声に出してよめるほどの音韻のイメージはない。だが、もしかして、わたしにも、ひとつの声のイメージを提供することができるのではないかと思うのである。これまでも古典文学の表現よみについて考えたことはある。しかし、一つの躊躇があった。それはわたしの文学の恩師のことばである。「古典文学は西のものだからアクセントも関西風ではないか」というのである。
しかし、最近、わたしはいわゆる「アクセント」へのこだわりがなくなった。現在、いわれるアクセントは、高低アクセントである。それに対して、わたしが考えるアクセントは強弱アクセントである(渡辺知明の「朗読論」参照)。こちらのアクセントが、日本の伝統的なアクセントであることは、文語体の近代文学作品、たとえば、樋口一葉「にごりえ」や幸田露伴「五重塔」などをよんで確信してきた。
また、現代の関西アクセントも、古典の時代から変化してきたはずである。ならば、わたしが現代において強弱アクセントで表現する古典文学も、単なる古典文学の歴史的な再現ではなく、現代においてよまれるべき古典文学の音声イメージの提供になるのではないかと考えている。というわけで、すでに「方丈記」は録音して公開を始めているが(「古典をよむ」)、そのほかの作品についても、今後、録音し、公開していくつもりである。それが大きくは日本文化への貢献になると思う。
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