2006年05月29日

『吾輩は猫である』をよむならこの本で!

 東京新聞の夕刊で「吾輩は猫である」の連載をしている。昨年は「吾輩は猫である」が書かれて100年だった。わたしは夏目漱石の代表作は「吾輩は猫である」と「こころ」であると思っている。とくに「吾輩は猫である」は声に出す作品としてすばらしいもので、わたしもいくつか表現よみして発表している。

 以下の記事は昨年八月に「朗読に使える良質デザイン本」というタイトルで公開したものだが、また、あらためて紹介したい本があるので公開する。

 「朗読ブーム」によって、声に出して読む本というものが数多く出版されている。ところが、手に取ってみると、ただ単に活字を大きくしただけのものが多い。いや、ほとんどの本がよみやすさにおいては失格といってよいだろう。売れるわけがない。売れても、よまれないだろう。活字が大きければ読みやすいというのはまちがいである。活字が大きくなると、いろいろな問題が出てくるのだ。

 第1に、1ページで目に入る文字の量が少なくなるだけで読みにくくなる。内容を理解して読み進むことができなくなる。先の見通しがつかなくなるからだ。1ページの割付けにおいては、一行の文字数と行数が問題になる。

 第2に、文字が大きいと一行の文字数が少なくなる。すると、文字と文字のあいだ、行と行とのあいだも広くならざるを得ない。文章をよむことは、一文字ずつよむのではない。いくつかの文字の組み合わせを文の要素としてよみとって、さらに、文としてのつながりを判断しながら読むのである。
文字のあいだ、行のあいだが広くなると、それだけ視覚的な関連づけがしにくくなる。

 第3に、紙のめくりやすさなども問題になる。大きくすると紙が固くなる。固いとめくりにくくなったりする。また、手に持って読む場合の本の重さなども問題だ。

 このほかにもいろいろな問題があるが、この辺にしておく。「それでは、どんな本がいいのだ」という人がいるだろう。そこで、タイトルの「良質デザイン本」ということになる。読書ばなれが問題になったり、ネットのデジタル書籍などが無料で入手できる時代である。本の価値は、以上のようなよみやすさを備えた物にする必要がある。そんな本こそ、売れる本である。

 今回の紹介は、夏目漱石『吾輩は猫である(上)(下)』(1996偕成社) である。この作品はさまざまなかたちで出版されているが、これが声でよむための本の決定版である。活字の大きさ、文字のあいだ、行のあいだ、ルビのつけかた、改行の仕方など、どれをとってもすばらしい。今後、わたしがテキストを持って「吾輩は猫である」をよむために愛用したい。(Blog表現よみ作品集「夏目漱石集」)
猫(偕成社)上猫(偕成社)下
吾輩は猫である〈上〉
吾輩は猫である〈上〉夏目 漱石


Amazonで詳しく見る
by G-Tools
吾輩は猫である〈下〉
吾輩は猫である〈下〉夏目 漱石


Amazonで詳しく見る
by G-Tools
posted by 渡辺知明 at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 本と読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/18559074
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック