2009年04月18日

太宰治生誕100年『新釈諸国噺』完読めざして

 今年は太宰治生誕百年である。売れ筋の「人間失格」「斜陽」などの作品が話題になっているが、わたしが評価するのは、『お伽草紙』『新釈諸国噺』の諸作品である。

 2002年3月に表現よみ独演会を開始して以来、『新釈諸国噺』の完読を目指して、これまで9作品を読んできた。全12作品であるから、あと三作品で完読である。これまでの作品は音声ブログ「ケロログ」に「表現よみ☆太宰治の世界」を作成して公開している。

 太宰治作品はさまざまな人たちが読んでいるが、ここまで『新釈諸国噺』を読んでいるのは、わたし一人であろうと自負している。今感じているのは、これは今様の浄瑠璃ではないかということである。太宰治は弘前高校時代に、義太夫を習っている。ここでの経験が、この作品の表現に生きているようだ。

 『新釈諸国噺』は単なる朗読では表現できない。浄瑠璃のような多用な「語り口」がある。その文体は一様ではない。ある部分は講談のようであったり、ある部分は落語のようであったりする。しかも、太宰治独特のリズムある文体は、詩のようなテンポと響きがある。

 わたしの第10作目の作品は「女賊」である。これは6月7日(日)第15回独演会での発表となる。これまでの経験を生かして、どんなよみにするか我ながら今から楽しみにしている。
posted by 渡辺知明 at 10:43| Comment(0) | TrackBack(1) | 表現よみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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