WATANABE_tomo / 渡辺知明
6月3日(日)渡辺知明表現よみ独演会第21回の京都からのゲスト・馬場精子さんの宣伝ページです。太宰治「きりぎりす」を読んでいただきます。女性の語りの作品をこんな風に読めるひとは日本でもめったにいません。東京周辺のかたはぜひお出かけください。http://t.co/ORG47c7p at 05/23 14:36
6月3日(日)渡辺知明表現よみ独演会第21回の京都からのゲスト・馬場精子さんの宣伝ページです。太宰治「きりぎりす」を読んでいただきます。女性の語りの作品をこんな風に読めるひとは日本でもめったにいません。東京周辺のかたはぜひお出かけください。http://t.co/ORG47c7p at 05/23 14:36
WATANABE_tomo / 渡辺知明
「教科書的」とは批評の言葉だ。だが、今の日本では、文化的な道徳的な問題について、教科書的なレベルの知識や常識すら危ういのだ。だから朗読においても、『朗読の教科書』の価値があるだろう。議論の土台がなければ理論は進歩しないのである。まず共通の土俵を定めることから始めなければならない。 at 05/23 11:39
「教科書的」とは批評の言葉だ。だが、今の日本では、文化的な道徳的な問題について、教科書的なレベルの知識や常識すら危ういのだ。だから朗読においても、『朗読の教科書』の価値があるだろう。議論の土台がなければ理論は進歩しないのである。まず共通の土俵を定めることから始めなければならない。 at 05/23 11:39
WATANABE_tomo / 渡辺知明
音声訳の人たちは教科書で勉強するが朗読や読み聞かせをする人たちは勉強しない。音声訳は録音に残すので文字の読み間違いやアクセントの間違いには責任を感じる。だが朗読や読み聞かせは録音が残らないから責任も感じない。文の意味を表現する難しさへの諦めもあるか。朗読の教科書がなかったからだ。 at 05/23 10:22
音声訳の人たちは教科書で勉強するが朗読や読み聞かせをする人たちは勉強しない。音声訳は録音に残すので文字の読み間違いやアクセントの間違いには責任を感じる。だが朗読や読み聞かせは録音が残らないから責任も感じない。文の意味を表現する難しさへの諦めもあるか。朗読の教科書がなかったからだ。 at 05/23 10:22
WATANABE_tomo / 渡辺知明
メルロ=ポンティの試みたような音声言語についての哲学が必要だ。音声のジャンルには、朗読、アナウンス、ナレーション、読み聞かせ、語り、演芸、演劇、などさまざまある。だが、「話す、語る、読む、考える、伝える」などの原理について共通基盤となるべき研究ジャンルは朗読のほかにはないだろう。 at 05/23 09:18
メルロ=ポンティの試みたような音声言語についての哲学が必要だ。音声のジャンルには、朗読、アナウンス、ナレーション、読み聞かせ、語り、演芸、演劇、などさまざまある。だが、「話す、語る、読む、考える、伝える」などの原理について共通基盤となるべき研究ジャンルは朗読のほかにはないだろう。 at 05/23 09:18
【Twitterからの記事の最新記事】



